ルイ・ブライユとは | バラエティ劇場

ルイ・ブライユとは


ルイ・ブライユは、全国の小学校の半数以上の教材に採用されている「調べ学習」の題材になっています。
そのルイ・ブライユについて詳しく紹介します。

ルイ・ブライユはフランス人で、幼少の時に両目を失明し、成長して盲学校の学生時代の15歳の時に、現在の点字を開発した人です。

目が見えない人にとっては点字はとても大切なものです。
社会で生活していくには必要不可欠で手で触って読むことができるのが点字です。
6つの盛り上がった点を組み合わせることで、アルファベットやひらがなを表現しています。

■生い立ち
ルイ・ブライユは1809年1月4日にフランスの人口2700人ほどの小さな村クプヴレに生まれました。

生家は、馬具や革靴を製作する馬具職人で、ある日1階の工房でルイ・ブライユが3歳の時に、遊んでいるうちに革に穴をあける時に使う錐で誤って彼の左目に突き刺さしまい左目を失明してしまいました。

右目も、この時に失明が原因の感染症にかかり5歳の時には全盲になってしまいました。

その後、パリ盲学校に入学するのですが、そこでフランス軍の軍人、シャルル・バルビエ(Charles Barbier)が開発した12点式の点字に出会います。

しかし、この点字はもともと盲人のためではなく軍人のためのもので夜間でも命令が出た時に読めるようにと工夫された暗号だったのです。

この点字はかさばり読みにくいことからルイ・ブライユは改良をかさね、アルファベットを表すには6点あれば十分ということで横2×縦3の現在の6点式の点字を1825年に完成させます。

パリ盲学校を卒業後は同学校の教官となり、教鞭をとるかたわらパイプオルガンの演奏者としても活躍しました。

この時には楽譜や数式も点字で表せるようになっています。

その後、1852年に肺結核のために43歳という若さで亡くなりました。
彼の没後、1854年にフランスは国としてルイ・ブライユの点字を認めています。

彼の生家は現在、点字博物館として公開されています。

■イギリス、アメリカの点字
イギリスではルイ・ブライユの点字体系を採用しますが英語の体質に合わせて進化させています。
アメリカではイギリスで開発された点字をそのまま採用しています。

■日本の点字
アルファベットと平仮名は全然違いますが、ルイ・ブライユの点字が日本に入ってきたのは1880年頃で、国内では石川倉次という人によって50音字に合うように改良されました。

1890年の11月1日に正式に日本点字として採用されるのですが、この日は以後、点字記念日となっています。

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